横綱の連続休場とその後の経過

4場所連続休場明けで今場所を迎えた鶴竜と稀勢の里ですが、明暗のコントラストがハッキリ出ており、稀勢の里クラスタとしては鶴竜クラスタの歓喜がまぶしいばかりです。

さて、6日目から休場となった稀勢の里については、途中休場を重ねることが復活を遠ざけているとの声が強いです。

たしかに、2場所連続の全休明けの鶴竜が場所前の予想を大きく超えた好調ぶりを発揮しているのに対し、稀勢の里は連続休場4場所のうち先場所含む3場所まで途中休場、そして今場所も途中休場とあっては、出場判断の誤りを師弟ともに問われるのは当然のことだと思います。

さらに鶴竜は、前回の2場所連続休場も全休明けで復帰し、その次場所に優勝してますから、井筒親方と鶴竜の出場判断は正しいのでしょう。


稀勢の里
2017年5月から5場所:4休→9休→全休→5休→9休(2018年初場所6日目現在)

鶴竜
2015年3月から2場所:14休→全休→12勝→優勝(12勝)
2017年5月から4場所:10休→11休→全休→全休→全勝中(2018年初場所6日目現在)


とはいえ、横綱の連続休場後の復帰は実に難しい。

横綱は休場しても降格しないからいいよなぁ、とはよく聞き声ですが、降格すれば相手力士のレベルが下がりますけど、降格しない横綱は休場明けであろうがなかろうが自身と同部屋力士を除いたトップ15の力士と対戦するわけですから、生半可な復調では通用しません。

しかしながら、全休して本場所を離れることによって、相撲勘を失うことの怖さもあります。だから難しい。

こうなりますと、過去の横綱の連続休場はどのようなケースがあったのか、その後はどのような経過を辿ったのか、にわかに知りたくなりまして……調べました。

調査対象は年6場所制になってからの横綱です。
連続休場中の経緯と、復帰後に優勝または引退するまでを追ってみました。

調査結果は文末に示しますが、その前に特筆したい点を挙げておきます。

まず、連続休場をしたことのない横綱が、白鵬、双羽黒、琴櫻、若乃花1の4人しかいないこと。
4人のうち、短命の双羽黒と、遅咲きの琴櫻はともかくとして、白鵬と若乃花1は希有な存在ですね。なにかと批判の多い白鵬ですが、こういった点ではやはり大横綱なのです。

それと、稀勢の里と同じく、全休明けの場所を途中休場した横綱は、武蔵丸、北勝海、北の湖の3人しかおらず、その後に優勝できたのは北の湖だけで、武蔵丸と北勝海はそのまま引退に向かいました。

やはり全休明けに途中休場するというのは出場判断の誤りを犯した証拠と言えるでしょう。稀勢の里もよくよく自身の体と相談して、最低でも皆勤できる復調を得なければ大阪場所も全休するくらいの判断が必要だと思います。

あ、連続休場のワースト記録は気にしないで良いと思います。
間に皆勤場所が1~2場所入っても2年くらいの長さで復調できない横綱は古今問わずゴロゴロいることを認識できましたので。


では、調査結果を以下に提示。
連続休場から優勝または引退するまでを追いました。
行末に下矢印(↓)が入るのは、次の連続休場記録に続くケースです。


稀勢の里
2017年5月から5場所:4休→9休→全休→5休→9休(2018年初場所6日目現在)

鶴竜
2015年3月から2場所:14休→全休→12勝→優勝(12勝)
2017年5月から4場所:10休→11休→全休→全休→全勝中(2018年初場所6日目現在)

白鵬
※連続休場経験なし


日馬富士
2015年7月から2場所:13休→全休→優勝(13勝)

朝青龍
2008年7月から4場所:9休→5休→全休→優勝(14勝)

武蔵丸
2002年11月から6場所:9休→全休→全休→全休→9休→全休→引退(3勝5敗)

若乃花2
1999年3月から4場所:5休→7休→全休→7勝↓
1999年11月から2場所:全休→全休→引退(2勝4敗)

貴乃花
2001年7月から7場所:全休→全休→全休→全休→全休→全休→全休→12勝3敗→全休→引退(4勝4敗1休)


1998年11月から3場所:全休→全休→全休→11勝→13勝↓
1999年9月から2場所:11休→全休→11勝→12勝→13勝→優勝(13勝)

旭富士
1991年9月から2場所:9休→全休→引退(0勝4敗)

大乃国
1990年3月から4場所:全休→全休→全休→全休→10勝→10勝→12勝→全休→引退(4勝5敗)

北勝海
1988年7月から3場所:全休→全休→全休→優勝(14勝)
1991年9月から4場所:全休→7休→全休→12休→引退(場所前)

双羽黒
※連続休場経験なし

隆の里
1984年11月から4場所:12休→11休→全休→全休→10勝↓
1985年9月から2場所:12休→10休→引退(0勝2敗)

千代の富士
1991年1月から2場所:12休→全休→引退(1勝3敗)

三重ノ海
1980年7月から2場所:5休→全休→引退(0勝3敗)

若乃花2
1981年3月から3場所:8休→12休→全休→11勝→全休→9勝→11勝→12勝→11勝→10勝→全休→引退(2勝4敗)

北の湖
1982年5月から2場所:2休→全休→10勝↓
1982年11月から6場所:3休→6休→全休→全休→全休→10休→11勝→8勝→10勝→優勝(全勝)
1984年9月から2場所:12休→8休→引退(0勝3敗)

輪島
1975年3月から3場所:11休→12休→全休→10勝→11勝→12勝→優勝(13勝)

琴櫻
※連続休場経験なし

北の富士
1972年5月から2場所:6休→全休→優勝(全勝)
1974年1月から3場所:6休→全休→全休→引退(0勝3敗)

玉の海
※休場経験なし

佐田の山
1966年1月から3場所:4休→5休→全休→11勝→12勝→10勝→14勝→9勝→12勝→10勝→12勝→優勝(12勝)

栃ノ海
1965年11月から2場所:4休→全休→10勝↓
1966年5月から3場所:11休→全休→全休→引退(2勝5敗)

大鵬
1967年11月から5場所:2休→11休→全休→全休→全休→優勝(14勝)
1969年11月から2場所:5休→全休→優勝(14勝)

柏戸
1963年1月から4場所:全休→9休→全休→全休→優勝(全勝)
1964年5月から6場所:3休→全休→9休→9休→全休→全休→9勝→12勝→優勝(12勝)
朝潮
1959年9月から3場所:全休→全休→全休→11勝→5休→10勝→9勝→11勝→11勝→9勝→優勝(13勝)
1961年9月から2場所:11休→8休→引退(場所前)

若乃花1
※連続休場経験なし

栃錦
1958年9月から2場所:4休→全休→10勝→優勝(14勝)


Comments (4)

  1. shin2

    稀勢の里が初場所出場を決めた事情は、
    >>初場所後の2月1日、兄弟子の西岩親方(元関脇若の里)が田子ノ浦部屋から独立し、西岩部屋を創設する。新しい部屋の土俵開きでは現役の横綱が呼ばれて土俵入りを披露する慣習があり、稀勢の里には尊敬する兄弟子の晴れの日に、何が何でも花を添えたい意向がある。
    >>http://www.zakzak.co.jp/spo/news/180120/spo1801200006-n2.html
    また「夕刊フジ」のネタか、と言われそうだが、でも1勝4敗の成績から見て、上記以外の理由が考えられない。

    稀勢の里、成田山の節分会にも参加するようだ。
    >>http://www.naritasan.or.jp/gyoji_sp/setsubun-e.html
    途中休場横綱仲間の白鵬も参加予定だったはずだが、四股名が消えている。
    これは、わかりやすい「贔屓の引き倒し」なんじゃないか。

    Reply
    1. 甚之介 (Post author)

      shin2さん、コメントありがとうございます♪
      また、こちらにも遅レスとなってしまいましたこと、お詫びを申し上げます。
       
      さて、稀勢の里の出場決断についてですが、判断の甘さはあったにせよ、西岩部屋の土俵開きとはまた別の話ではないかと思ってます。
      ご提示を頂きました記事でも「西岩部屋の土俵開きがあるから引退できない」という主旨で書かれてますが、全休でも引退はしないでしょう。
       
      また、当該記事では「稀勢の里はすでに引退後の備えとして親方株『荒磯』を所有。」とありますけれども、平成21年1月の時点、つまりはまだこれから三役に定着しようかというときに縁あって所有したものを「引退後の備え」と書いている時点でもう与太記事と考えてます。
       
      日馬富士の事件以降、こういう記事ばかりでイライラしておりましたけれども、土俵で起きることだけは真実だということをこの初場所で学んだ気がしまして、土俵に集中することで大相撲を楽しめております。

      Reply
  2. t-m

    甚之助さん、ご無沙汰で御座います。
    一昨年2016年11月場所、大関・稀勢の里が優勝・同点無しで史上初の年間最多勝獲得と、
    及び昨2017年1月場所で稀勢の里が、悲願の幕内初優勝・遅咲きの久々和製横綱誕生で書き込したt-mです。

    さて、現横綱在位6場所目の稀勢の里。以前からネット等では「金星供給マシン化」「短命横綱は一目瞭然」「キセの大甘基準なら名大関の小錦・魁皇も横綱なのに」等と、批判していた話をさせて頂きましたが…

    新横綱の昨年春場所。12日目迄稀勢の里は12戦全勝を続けるも、13日目の横綱・日馬富士戦で初黒星。更に左胸・腕の筋肉を部分断裂するアクシデント。
    それでも稀勢の里は諦めず、千秋楽の優勝決定戦ではあの貴乃花-武蔵丸戦を彷彿とさせる、奇跡の大逆転優勝を飾りました。

    然し、以降の横綱稀勢の里は成績不振で途中休場を4回も繰り返し、全休も1回で、「史上最弱横綱」と迄レッテルを貼られてしまう報道ばかりに成ってしまってます。
    あの昨年1月の初優勝・横綱フィーバーが、僅か1年後想定外に悲惨な状態に…とても信じられません。

    一体横綱・稀勢の里はどうしてこう成ってしまったのでしょうか?
    甚之助さん、今の稀勢の里に対するご意見が何か有れば是非宜しくお願い致しますm(_ _)m

    Reply
    1. 甚之介 (Post author)

      t-mさん、コメントありがとうございます♪
       
      >今の稀勢の里に対するご意見が何か有れば是非宜しくお願い致しますm(_ _)m
       
      長年贔屓にしてきた力士ですので心配しておりますが、横綱という立場の力士ですから、なるようにしかならないと腹をくくってもおります。
       
      ただ、途中休場を繰り返すというのはフィジカル面の見極めが出来ていないことを物語っておりますから、せめて良きトレーナーに巡り会ってほしいと願っております。
       
      フィジカルさえ整えば、あとは稽古をどこまで積むことができるかでしょうね。
      故障箇所である左胸筋よりも、下半身の仕上がりがこの初場所では感じられず、そちらの方を憂慮してます。
       
      場所直前になって高安と30番もの猛稽古を連日敢行した旨の報道がありましたけれども、それは付け焼き刃というものです。そのレベルの稽古を常態とすることができるかが、復活のカギではないかと思ってます。
       
      稀勢の里の復活と高安の飛躍はワンセット。信じて待ちます。待つのは慣れてます。

      Reply

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