稀勢の里不在の夏場所終盤へ

稀勢の里の休場と高安の2敗後退に意気消沈気味ですが、
夏場所中盤戦を終えての振り返りと終盤戦展望を述べてみます。

稀勢の里が11日目より休場。
自身を除く3横綱+2大関との取組となる終盤戦までに左腕の故障を実用レベルまで回復させるというベストケースを描いて今場所に臨んだものと思われるのですが、やはり本場所は甘くはなく、中日までに2敗という星数が示す以上に左腕への負担が生じ、場所前に右肩上がりだった回復具合もガクンとスピードダウンしたというところでしょう。

その分水嶺は中日の碧山戦だったのではないでしょうか。

巨漢の碧山を相手に今場所初めて左下手を引きつけたわけですが、その力はやはり回復しておらず、故障前であれば簡単に寄り切れるところをかなり粘られてしまい、その結果として左がパンクしてしまっての9日目の栃煌山戦、10日目の琴奨菊戦の連敗(いずれも立合で固めた左を弾かれての両差しを許して寄り切られる)と考えれば、休場やむなしと言うほかありません。

とはいえ、休場せずに強行出場したことは無駄やマイナスではないと思ってます。
とくに相撲勘はかなりのところまで戻りましたし、故障したなりの相撲の取り方も覚えました。仮に全休していたとしたら、全休の経験が無い稀勢の里は心技体のバランスを大きく崩していたかもしれません。

終盤戦に入るタイミングでの休場という決断は本人にとって苦渋に満ちたものでしょうけれども、その苦渋さえも名古屋場所以降の糧になるであろうこと、信じております。


それにしても、10日目の高安-白鵬は残念でした。
や、高安の敗戦と2敗後退が残念なのではなく、賜杯争奪だけではなく、大関挑戦中の関脇の挑戦をベテラン横綱がどう受けるのかという点で衆目を集めた大一番だったこの取組で、白鵬が立合変化を選択したことです。

今場所の白鵬の立合が駆け引きに満ちた外連味たっぷりのものであることは分かっておりましたが、まさか変化するとは…。この横綱はどこまで無粋なのでしょうか。

得意の右四つを得て、高安に粘られるも相撲の流れを渡すことなく勝利したわけですから、勝つためには最善手であったことは否めないのですが、勝ちにそれ以上の価値を載せてこその大横綱でありましょう。相撲の価値を低めてしまう相撲だったと言っては過言でしょうか?

実況と解説にも苦言を呈したいのですが、この日の相撲を当日も後日も「右にズレた立合」とか「変化気味の立合」とか妙な言い回しをしてますが、当たらずに右に動くことは明確に「変化」であり「注文相撲」でありますよ。

ただ、高安が落ちずに反応して組み合うことを得て相撲になっただけの話です。

対して、前記事でも書きましたが、5日目の日馬富士-大栄翔での日馬富士の立合については、日馬富士がアタマから当たっているのに「変化したのも1番ありましたが…」みたいなことを言うのですから腹立ちも増すというものです。

5日目の日馬富士の立合を変化と言うのならば、10日目の白鵬の立合は明々白々で純度100%の変化であり注文相撲ですよ。これを「大横綱が関脇の挑戦を一蹴した」みたいな評価になっているのはまことにおかしなことと言わざる得ません。


つづきは明日。
shin2さんへのコメント返信も明日。m(_ _)m




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