天才

今年のベストセラーでもあり、田中角栄先生の生涯を石原慎太郎氏が一人称で綴るいうので興味を覚え、玉龍旗からの帰路の福岡空港での暇つぶしに購入したのでした。その書評。


書評に入ります前に、私が田中角栄”先生”と呼ぶ理由ですが、簡単に言うとカミさんが越後長岡出身だからですね。
田中先生が新潟県と首都圏の間に上越新幹線と関越道という大動脈を敷いてくれたから、茨城に住む私がカミさんと出会えたわけですし。

結婚後、茨城と新潟の間を往復する中で田中角栄という人物について興味が湧くのは当然のことでして、角栄本の数々を読んだり、田中角栄記念館を訪れるなどしていくうち、いつの間にか”先生”と呼ぶようになりました。

なお、私が政治家を”先生”と呼ぶのは今のところ田中先生だけ。
その昔は「カッくんカフェ」見て大笑いしていたくせにねw

私が角栄ファンであることを知って頂いた上で、では書評に移りましょうか。

「天才」石原慎太郎・著(幻冬舎)

「天才」石原慎太郎・著(幻冬舎)

田中先生の歩んだ人生を時系列で追えるという点では秀でた資料と言えますが、どうにも田中先生の息遣いとでもいうようなものが感じられないのです。
「都会のお坊ちゃま育ちの石原氏が一所懸命に田中角栄を演じている学芸会」と言ってしまっては氏に失礼かと思いますが、率直な読後感想でありますのでお許しを願いたいところです。

数ある田中本の中でもツマラナイ部類に入るかと。
政治家の枯渇から発生した感のある田中角栄ブームに乗って、石原慎太郎というビッグネームの元政敵が書いたからベストセラーとなっただけの話ですね。

せめて、回想のセリフくらいは方言指導を受けて越後言葉で喋らせれば違う印象を持ったと思うのですが、とくに「俺」という一人称には最後まで違和感が拭えませんでした。

ただし、先述したように資料として読むのであれば、価値高い本だと言えます。
ロッキード事件についても史実に則りつつバランスの良い描写をしてますし、田中先生の軌跡を余すことなく述べられている上に、初耳のエピソードも散りばめられてますから、田中先生を知らない世代には面白く読めるかもしれません。

私の場合、蓄積済みの田中先生に関する知識と年寄りの角さん話が、この本を楽しむことを邪魔しているのでしょう。ちと残念に思ってます。




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