建国ってしっくりこない

昨日は建国記念の日だったわけですが、日本の場合、なんか「建国」ってしっくりこない感じがしてモヤったのです。
昨日のうちに投稿すれば良かったのかもしれませんが、ちょいと語りますよ。

そもそも「建国」というのは読んで字のごとし「新しく国家をつくりあげること」であります。

しかし、日本は新しくつくりあげた国ではありません。千年を悠に越える歴史の中で国家統合のシンボリック的な存在であり続ける天皇についてさえもその起源は諸説あって定かではなく、おそらくは地理的な条件によって自然発生的に成立した国家なのだと考えるのが自然というものです。

誰が建てたのか、いつ建てたのか、記憶も無ければ記録も無いのに「建国」とは、おかしな話ではありませんか。
それよりは「建国記念の日」の前身である「紀元節」の方が理として正しいものがあるように思えます。

日本という国の連続性を担保しているのは天皇という存在のほかにありえません。
これを天皇の他に求めるのであれば「建国」を定義付けできるのでしょうが、その「建国」が日本国民の総意たり得るかと考えるならば大きな疑問が生じます。好悪は別にして、歴史的事実として、天皇という存在が日本という国の連続性を担保しているのですから、その起源を皇紀の「紀元」とし、日本という国の始まりとして祝う(=紀元節)というのは、これ以上なく理に適っております。

もちろん「紀元」の根拠である「初代天皇=神武天皇の即位日」というものが科学的・歴史学的・考古学的な根拠を得たものではないということは存じております。ただその点は、科学や歴史学や考古学でも明らかにならないほど悠久の歴史が日本に存在するゆえのことという理解で充分ではないかと思います。科学・歴史学・考古学とて全知全能の神というわけでもありません。それらによる証明が出来ないことをもって無価値とすることは野暮の骨頂でありましょう。神話で結構、そういう伝承がありますよってことだけで充分なのです。

結局のところ、紀元節を「建国記念の日」と言い換えているだけの話。
でもその「建国」ってのが日本の歴史から考えると理に適っていないので、元の「紀元節」に戻すか、現在は皇紀を使っていないのでNational Dayそのまんまに「日本の日」とするか、どちらかにした方が良いのになぁと思ってます。


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