首相を呼び捨てるコメンテーター

プライベートでは構わないけれど、公共の電波に載せるコメントとしてはいかがなものかと思うのです。

ちょうど通勤時間と重なるものですから、ニッポン放送の「おはよう寺ちゃん活動中」をよく聴いてます。

この番組のコメンテーターがなかなか個性の強いラインナップでして…

  • (月)上念司(経済評論家)
  • (火)片岡剛士(エコノミスト)
  • (水)三橋貴明(経済評論家)
  • (木)孫崎享(評論家)
  • (金)週替わり(中島岳志・施光恒・岩本沙弓・適菜収 他)

彼らのコメントを是とするか否とするかは別にして、その主張のアクの強さが面白いので楽しく聴いてます。
しかし、金曜日の週替わりコメンテーターの1人である適菜収氏、彼だけはどうしてもダメで、昨日の朝も「あ、今日はこいつか」とラジオを他局にしてしまいました。

なにがダメかと言いますと、適菜氏は安倍首相のことを「安倍は」「安倍が」と呼び捨てにするのです。

ラジオ番組ではなくとも公に発言する際に個人名を呼び捨てるというのは(慣習的なものとしてスポーツ選手のそれは除外しますが)身内や仲間内あるいは同じ組織に属する者でない限り、敵対的な憎悪を含む表現になります。
そんなものを朝っぱらから耳にしたくありませんからね。

また、呼び捨てることによって首相という官職名抜きのコメントになるので、首相としての安倍晋三ではなく、安倍晋三という人間そのものを評するコメントになってしまいます。

首相としてこうあるべきだとする意見や批判なら傾聴に値するかもしれませんが、ただひたすら安倍がダメだとする批判に聴く価値を見出せません。

その意味では「安倍さん」と呼ぶコメントもいかがなものかと思うのですけど、こちらは敵対的憎悪を含まないので床屋政談的には楽しめる分まだマシかと。

根本的に、公共の電波に載せるコメントとして発言する際には、民主的な手続きを経て首相職に就いている者に対しては最低限の敬意を払うべきであり、それが例え蛇蝎のごとく毛嫌いする人物であっても呼び捨ては避けるべきだと思いますし、それをしない識者をコメンテーターとして起用する番組やラジオ局も問題だと思うのです。

とは言っても、私は寡聞にもそんな識者は適菜氏の他に知らないのですけどね。




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