語彙の差

先週だったかな?
TwitterのTL上に流れてきたTweetにふと目が留まりました。

剣道って小学生とか中学生にも、攻めだ・気だ・腹だ・合気だ・中心だ・我慢だ・って言うけど、絶対に分からない事が多いよね…わかるわけないじゃん‼︎言ってる本人が分かってないんだから…
もっと分かりやすい単語とかで説明するのが指導者だよ!だから僕は指導なんて出来ないです。

Tweet主とは面識がありませんのでリプライとして返すことはしませんでしたが、色々と考えさせられたTweetでした。

まー、たしかにそうなのですよ。

同じ言葉でもこちらと相手とで理解度が異なると、こちらの伝えたいことが通じないことは間々あります。
なので、少年剣道指導の現場を第三者的視点から見たとき、指導者の言葉が少年剣士に届いてないなーと感じられることは多々あるでしょうし、実際にそのとおりです。

しかしながら、少年剣士はオギャーと生まれて10年やそこら。
かたや指導者は若くともその3倍以上の人生を歩んできているわけですから、使う言葉の数も理解度も、ニュアンスやアクセントまでもが異なります。

これを私は「語彙の差」と呼んでますが、これは埋めようもないのです。

また、件のTweetでは言葉を発する側の理解不足も指摘されてましたが、これも全日本レベルの選手であるTweet主と批判対象となった指導者との間における語彙の差であると言えましょう。両者間に何らかの誤解を感じます。

少年剣士の指導者は少年剣士との語彙の差を意識して、言葉を選びつつ指導に当たらなければいけないと常に思ってますが、同時に「自分が100%の理解を得ていないから」「少年剣士に半分も伝わらないから」と言葉を躊躇してしまうことで、一瞬かもしれない指導の好機を見逃してしまっては本末転倒であるとも思ってます。

いいのです。半分どころか1割しか伝わらなくても構いません。
指導すべき時に指導することこそ肝要であり、それによって100のうちの1でも伝われば少年剣士の成長に繋がるのですから。

また、指導機会さえ正しければ言葉は少年剣士の脳裏に残りますから、彼らの語彙が育ったときに「あ、あれはそういう意味だったか」と分かります。
即効性は求めません。それでいいのです。

少年剣道指導に限らず、親子間、家族間、全ての人間関係に通じることですが、語彙の差を疎んじるよりも、語彙の差を楽しむくらいの心持ちがよろしいかと思いますよ。

というわけで、全日本レベルの選手であるTweet主にも「だから僕は指導なんて出来ない」なんて言わずに小中学生に声かけてほしいと切に願ってます。

あなたは少年剣士にとって憧れの1人なのですから。


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