日本相撲協会理事長職に求められるリーダーシップとは?

11/23の拙記事「北の湖理事長の功績」のコメント欄にて、忌中には得がたい手厳しいご意見を頂きましたが、理事長職再選時の北の湖親方に対する世間評は概ね同様のものでした。

その急先鋒であったテレビ・ラジオ・新聞における各報道が手の平返しな持ち上げ方をしていることには、忌中であることを含めたにしても、ある種の薄気味悪さを感じております。

対しまして拙記事は、実は北の湖親方の理事長職再選時にあまりのバッシングに立腹しつつ書いた擁護記事を軸とした焼き直しです。。
(なお、元記事はブログサービス停止によって2年前に消滅した旧ブログで書いたものなので、残念ながらネット上には現存しておりません。)

忌中に故人を讃えんがために書いたものではないということのみは、お含み頂きたいと思います。

さて、コメント頂きましたご意見と私の主張の相違についてですが、絶対評価と相対評価という点での差異があるように感じました。

北の湖理事長再選時の世間評も、そして今も潜在する理事長職への期待も、大胆かつ迅速で目に見える形での改革であるように思えますが、大相撲の歴史・文化・伝統を堅持しつつ現代に適合させていくという仕事は傍で観ているとじれったいほどに時間のかかるものでありますから、コメント頂きましたご意見のような厳しい批評にさらされやすいものであります。

しかしながら、歴代の理事長が任期中に為し得た業績と比べたとき、少なくとも年6場所×十五日制が確立して以降では、北の湖理事長の功績は群を抜くものがあります。私はこれを大きく評価したいのです。

ましてや理事長職というものは、日本相撲協会のトップではありますものの、理事による互選という方法で選ばれる寄り合い所帯の長に過ぎませんから、理事の総意という形に醸成する工程を経ないと何事も進められません。

これが、株主の負託を受ける形で就任する一般企業の代表取締役社長であるとか、有権者の支持を得て就任する都道府県知事や市町村長ならば、トップのリーダーシップでグイグイ推し進めることも可能なのですが、それを日本相撲協会の理事長職に求めるのは酷というものです。

別組織を立ち上げるなら話は別ですが、例え貴乃花が理事長になったとしても同じことでしょう。

ですが、それは悪しきことではないと私は思います。
先にも同じようなことを述べましたが、大相撲の歴史・文化・伝統を堅持しつつ現代に適合させていくという仕事はあまり急進的ではない方が良いのです。

私の守備範囲である剣道でも「伝統に胡坐をかく」という耳の痛い批判が常に存在しますけれども、批判に伴う代替案というものが長い目で見た時に正しいのかといえば、そうでもないことの方が案外と多いものです。

長い時代の中で揉まれつつ現代まで残るものは、どの時代においても一定の価値があるゆえに残っているわけですから、それに代わるものがそう簡単に見つかるわけがありません。

時代の要請に応える必要性は認めつつも、変革には慎重に慎重を重ねるくらいで丁度良いのです。

単騎先駆けて「俺に付いてこい」的なリーダーばかりが高評価を得る昨今ですが、こと日本相撲協会の理事長職には向いておりません。その点、北の湖理事長は実に理想的な理事長だったと言いきれます。

同意を強いるものではありませんが、このような意見も存在するということをお認め頂ければ幸いに思います。


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