脳震盪問題

羽生結弦選手の演技直前練習での激突によるケガ、そして脳震盪も心配される中で強行出場した件が物議を醸しております。

この脳震盪問題について、剣道を含む格闘技の関係者は本気で取り組まねばならない時機を迎えているように思えるのですが、杞憂に過ぎるでしょうか?

まず、フィギュアスケートGPシリーズ第3戦中国杯における羽生結弦選手のアクシデントのおさらい。

 ソチ五輪金メダリストの羽生結弦(19=ANA)が、不屈の滑りをみせた。ショートプログラム(SP)2位から逆転を期したフリー演技直前の6分間練習で、閻涵(中国)と大激突。体を強く打ち、顔から出血するアクシデントに見舞われたが、治療を終えるとフリー演技を滑りきった。

(中略)

 互いに顔面、全身にかけて激突。勢いで両者が大きくはじけ飛んだ。会場が一瞬で凍り付いた。そのままうずくまる羽生。真っ白なリンクが頭、あご付近からの血で赤く染まっていった。数分後、なんとか立ち上がると、おぼつかない足取りでリンクを去り、控室に消えた。もう誰もが演技は無理と思った。

 だが、再び観客の前に羽生は姿を現した。頭はテープでぐるぐる巻き。あごにも止血テープが貼られていた。そのまま鬼気迫る表情でリンクに入り、ジャンプの感触を確かめる。そして、滑る決意を固めた。

 冒頭の4回転ジャンプから影響は隠せない。トーループに続き、サルコー2度も転倒した。痛々しい姿に観客も息をのむが、滑りは止めない。後半のジャンプでも転倒が続いた。その都度スタミナを奪われながら、必死に体を動かした。脂汗を浮かべて、笑顔も何とか作り、左脚を引きずりながらリンクを降り、オーサー・コーチの胸に倒れるように飛び込んだ。

(後略)

引用元:羽生2位 激突 流血 それでも立った – フィギュアニュース : nikkansports.com

で、これに対する為末大氏のコメントが以下のとおり。

(前略)

 コンタクトスポーツではないフィギュアスケートの現場では、脳振とうの危険性を認識していなかったのかもしれないが、脳振とう後の演技は、命にかかわるほどの危険がある。

 例えば、国際ラグビー協会のガイドラインでは「脳振とうの疑いがあるアスリートは、すべて適切な救急対応の手順に従ってただちにプレーをやめさせること」とある。短期間に2度目の脳への衝撃があった場合「セカンドインパクト」といって、致死率50%とも言われるような危険があるからだ。

 そして脳振とうが疑われる症状としては「起き上がるのに時間がかかる」「足元がふらつく」とある。羽生選手の衝突後に認められる様子も、これに当てはまるように見える。

 スポーツの現場においてケガはつきものだし、またケガを押して競技をすることはトップアスリートならある程度、仕方がない。けれども今回のように頭部への衝撃が認められる場合、最悪なら死が待っている。これは絶対に避けなければならないだろう。

(後略)

引用元:フィギュア羽生の強行出場に疑問/爲末大学 – スポーツニュース : nikkansports.com

おそらくは為末大氏の認識が国際スポーツ界において主流を占めつつあると思えるのですが、それに対して剣道を含む格闘技界の反応が薄いことに少し危機感を感じるのです。


一方で、反応が薄い理由はなんとなく分かります。

そもそも格闘技というものの原型は、相手にダメージを与えて戦闘不能にするための技術なわけですから、高度にスポーツ競技化された現代においても試合や練習によるケガが発生する確率が他のスポーツ競技と比較して高くなることは至極当然なことです。

今話題の脳震盪の件も同様でありまして、これに本気で取り組むのは良いけれども、少しサジ加減を間違えると自分自身が滅びかねないことを感覚的に認識しているからこそ、防衛反応によって逃避的姿勢になってしまうのでしょう。

例えば、プロボクシングで脳震盪によるダメージを本気で回避するならば、フリーダウン制や3ダウン制が無くなって「あしたのジョー」や「はじめの一歩」で描かれるようなダウンの応酬となる試合は無くなりますし、行き着く先はヘッドギアを付けてパンチの有効打数を競う、つまりは五輪等でおなじみのアマチュアボクシング同様の形になってしまいますが、それがプロ興行として成立するかはとても疑問がありますよね。

また、ただいま九州場所が盛り上がっている大相撲ですが、立合時の頭突き、張り手、かち上げ、ぶちかまし等により脳震盪を起こすこと、茶飯事と言ってよいほど珍しくもないことです。これに対し、ラグビー同様の対処をするならば「横綱大乃国は板井戦で脳震盪を起こしたため本日より休場」といったことが頻発することになります。


そして、剣道とて他人事ではありません。

体格差の大きい少年剣道では、相手体当たりによる真後ろへの転倒で後頭部を床に痛打することが間々ありますけれども、主審による選手への簡単な問いかけで確認を済ませると、すぐに試合を再開するというのが現状です。

まず、こういった事例に際しての確認方法や試合再開判断方法を明確化することが求められるでしょうし、後頭部を保護する剣道具の開発が求められるかもしれません。

また、頭部への打突=メン打ちが剣道における最も頻度の高い攻撃技ですが、面で保護されているとはいえ、頭部への直接打撃をこれだけ多く、しかも継続的に受け続ける事例は他の競技にありません。

や、私ら剣道関係者は面という剣道具の安全性を体験的に理解してますが、その一方でサイズや装着に問題がある場合に安全性が著しく下がることや、不心得者による横メン等の反則打突や理不尽な体罰的な打撃によってケガをすることがあるのもまた体験的に理解しているはず。

脳へのダメージの話とその他の問題を意図的に混濁させた疑問が投げかけられ、サンプル数も少なくテキトーな見解で危険性だけを声高に煽るようなことが起きる前に、剣道の安全性を科学的に立証しておく必要があると思うのです。


私の杞憂を大げさに思われる方もおられるかと思いますが、剣道に限らず、格闘技そのものに無理解かつ否定的な勢力は世界各国に一定数存在するものでして、これがまた無視できない発言力を持っているのですよ。

実際、中学課程における武道必修化で柔道の危険性を針小棒大に煽っている勢力があるじゃありませんか。もちろん、柔道に全く問題がないわけではありませんけれども、その一方で柔道さんが真摯に安全性向上や師弟教育に取り組んでいることも隣で見ている形で存じ上げてますから、柔道さんに同情的になる一方で、その矛先がこちらに向かうことも危惧せねばならないと思うのです。


フィギュアスケートにしても、為末氏の陸上競技にしても、本来であれば脳震盪とは無縁の競技なのでありますから、彼らはYes or Noのデジタル判断でよろしいのですよ。

対して、私ら剣道を含む頭部への直接攻撃のある格闘技は「ここまでなら安全」「これ以上は危険」という閾値(しきいち)を設けたアナログ判断が必要です。そのためには年齢性も考慮された膨大な科学的データの集約と、それを論拠とする医学的な見解が必要でしょう。

この問題に関しましては全日本剣道連盟の動向に注目し、必要であれば声を上げたいと思ってます。


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