収入格差による教育格差に思ったこと

9時台に、収入格差が教育格差に繋がっている話を日テレでやっていて、子を塾に通わすことのできる家庭とできない家庭との差が顕著で、その1つの解決策としてNPOによる無料塾を紹介していたわけだけど、なんかモヤっとしたので語ってみます。

番組で提示したデータによると中学生の約7割が塾に通うという現状が確認されました。
この現状の中、経済的理由により塾に通えないというのは大きなハンデであるし、無料塾を主宰してそれを打破しようとするNPO関係者にはホント頭が下がる思いがします。

しかしながら疑問が2つほど湧いてきました。

1つは、そもそも7割もの中学生が塾に通うというのは、親や子が求める平均的な教育に対するニーズに公教育が応えていないからではないのか?ということ。

例えば、ウチの道場生が7割も定期的な出稽古に行くようになったら、それはウチの稽古の質か量のどちらかまたは両方が不足しているということだから、稽古日数や時間、稽古内容や効果について見直すけど、公教育を預かる文科省にその動きや焦りは見えません。

もう1つの疑問は、塾は必須なの?ということ。

ウチの子達は3人とも塾に通った経験がゼロです。通信教育も長続きしなかったけれども、とくに問題なく高校⇒大学へと進学してます。
超難関大学を目標にするのならともかく、そうでない場合、塾はコスパが悪いと思うのですが。

塾より先に、家庭内の学習環境を見直すであるとか、自律的な学習習慣をいかにして身に付けるかであるとかいったアプローチに対しての情報提供やサポートが要るのではないかと。
経験上の話、これらは先輩パパママからの経験則やネット情報では当たり外れが大きいので公的なものがほしいところです。

つまるところ、公教育そのものをシステムから考え直さなきゃいかんのではないかと思いました。それこそ6-3-3制や4月入学といった根底から。
ウチは末っ子も高校入学なので、せめて孫の時代には公教育が変わっていてほしいものです。


Comments (2)

  1. kanimimi

    時代が違うっていえば
    それっきりなのですが

     印象報道の続きとしてコメントさせて頂きます。

     私個人は、
    中学校からの【お受験組】だったのですが、
    見事に公立中学校進学(微)となり、
    高校も10数名受けた某都立高校落ちで出身都立高校へ。
    大学も、医療系短期大学(当時の名前は都立医療技術短期大学)
    落ちまして… って人生です。

     転職して今の会社で勤務しておりますが、
    学歴でー出世がって事も無いんですよねぇ、
    うちの会社クラスでも。
    私は、ドロップアウトしてしまったので、
    世の中的には【係長級】っグレードで仕事しておりますが、
    高卒の30代課長(部下20名台)もおりますし、
    学歴で企業に入れる云々はあるものの
    入っていからっていうもの絶対あると思います。
    ‥何故、大学に行くかというと、
    一流企業に入るためって事なのでしょう。
    大学行くために高校って話で
    塾に通うとなるのでしょうが、
    うーむ、
    其れを貧困で塾に通えない通えないからよい高校へ通えない、
    その先ある良い企業(まぁ高収入の仕事って事かな)から、
    【貧困のスパイラス】って印象報道じゃないのかなぁ。
    と、思ってしまいます。
    なんかー
    教育関連の企業から金貰ってんのー
    現政権を陥れるために情報操作しているのー
    と。

     いやぁ~、
    自分ブログが四方山止めたので
    人様のブログで書いちゃっていますが、
    ギリギリチョップな事書くのって
    責任とれないから思い切って書けないし緊張するなぁ。(瀑)

    Reply
  2. 甚之介 (Post author)

    > いやぁ~、
    > 自分ブログが四方山止めたので
    >人様のブログで書いちゃっていますが、
    >ギリギリチョップな事書くのって
    >責任とれないから思い切って書けないし緊張するなぁ。(瀑)
     
    大丈夫大丈夫、私んとこなら許可ですよ。私もコメントに乗じて本文では思い切って書けないことをサラっと書いちゃうかもしれませんしw
     
    で、kanimimiさんがコメントされたことには私も同意するところ大です。
    ゆとり是正以降は、少なくとも昭和の昔よりはマシな教育であるように思えますし。
     
    ただ、システムとしては破綻しかけているかなぁと。現場はかなり頑張ってますけど、現場の努力でなんとかなる段階では無いように見えますし、親側の過剰な要求を差し引きましても、保護者や生徒のニーズとの乖離は否めません。
     
    公教育とは?という原点から問い直すべき時期なのではないかと愚考した次第です。

    Reply

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