これからの酒税の在り方
Posted: 21. 11. 2016 | Author: 甚之介
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Category: 世事評論
ビール類(ビール・発泡酒・第3のビール・等)の酒税を5~7年かけて統一するというニュースを読みまして、まーた同じ誤りを繰り返すのかと呆れかえっております。
ビール類の酒税一本化は32年度から、5年程度3段階で 政府・与党調整 消費者やメーカーに配慮 – 産経ニュース
《引用はじめ》
現在、ビールの税額は350ミリリットル缶で77円、麦芽比率25%未満の発泡酒が47円、麦芽を使わないものもある第3のビールが28円。類似商品の税額格差は、公平性や企業の商品開発をゆがめ、ビールの国際競争力の低下を招いている。
税額を全体の税収規模が変わらない約55円にそろえれば、ビールは値下げになり、発泡酒や第3のビールは値上げになる。安くなったビールを飲む消費者が増える可能性はあるが、安い第3のビールなどを飲んでいる人の負担は増える。
ビールの定義も見直す。ビールの原料は麦芽とホップなどに限られているのを、オレンジピール(果皮)のような香料も認める。麦芽比率も67%以上から50%以上に下げる。
《引用おわり》
ビール類としてどれだけ広く囲い込んで税金を課そうとしたところで同じこと。その境界線付近の枠外で「新ビール」が誕生したり、今よりもっとビール離れが進むだけのことですよ。これは麦芽を使わない「第3のビール」が誕生したことで経験したことのはずなのに、なぜまた繰り返すのかと呆れるばかりです。
一方で、酒税の国際比較をして日本のビールは税金が高いと文句を言うつもりはありません。
日本で水やお茶を飲むような感覚で、ワインやビールを飲む食文化の国々と税金を比較するのは誤りだと思ってますから。
必需品への課税は可能な限り低く抑えるのは当然のことであり、必需品と嗜好品のどちらの部類に各種の酒類が含まれるかは各国の文化により異なるのもまた当然と言わねばなりません。極端な話、イスラムを国教とする国の中には法律で飲酒が禁じられている国まであるわけでして、こと酒税に関しては国際比較から解を求めることは間違いですよ。
もう1つ。アルコール度数1度1リットルあたりの酒税額について、ビール類と他の酒類を比較して「ほら、ビールはこんなに高い」というのも誤りだと思います。消費者はともかく、メーカーや行政側がこれを言ってはいけません。
つまるところ「酒は酔うために飲むもの」としているからこういう比較になるのでしょうが、もっと下世話な言い方に直しますと「酒はラリるために飲むもの」と言っているも同じことで、これでは飲酒の目的が大麻や麻薬を吸うことと大差が無くなってしまい、酒類メーカーの社会的存在意義が薄れ、遠い将来には飲酒行為そのものの社会追放に発展しかねません。
や、大袈裟に聞こえる方も多いでしょうが、たかだか四半世紀前に現在のような嫌煙社会になると思ってましたか?
酔っ払いが起こす社会悪の数々を考えますと、同じことが酒類に起きないとは言い切れまいと思うのですが。
さておき、国際比較の段でも述べましたが、酒は食文化に欠かせないものです。酒は食事をより美味しく頂くためのものであったり、酒そのものの美味を愛でるものであり、酔うことを主にすればその行き先はアル中ですよ。
ビールのアルコール度数が低いのも、ウィスキーのアルコール度数が高いのも、歴史と文化が背景にあってのことですし、その用途も異なります。それを、アルコール含有量の観点で平等な課税とすることが正義か?と問われるならば、とても肯定できないのです。
では、どうすればいいのか?
簡単なことです。まずアルコールが1%でも含まれる飲料全てにガツンと高い酒税を課した上で、例えばビールならば麦芽100%のビールに限り、消費者に受け入れられやすい低い課税を適用する等の優遇措置を取ればよいのです。
麦芽100%のビールをビールとしない国はまず無いでしょうから、その枠内で競争することにより国際競争力が育まれるはずです。それでもビールもどきが誕生するのであれば、製法・色・味など税制上の優遇条件を狭めればよいのだから行政も楽でしょう。
私達消費者としても、発泡酒やら第3のビールやら、税金を逃れるために麦芽をなるべく使わずにビールテイストを創り上げるという詐術的な開発に掛けられていた研究開発費が、正統なビールに集中されることによって、より美味しくてより安く、しかもホンモノのビールを飲めるようになります。
まー、私の場合は酒税がどうなろうとも、その前に痛風をなんとかしなきゃいけないわけですが。A^^;
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これからの酒税の在り方
Posted: 21. 11. 2016 | Author: 甚之介 | Category: 世事評論
ビール類(ビール・発泡酒・第3のビール・等)の酒税を5~7年かけて統一するというニュースを読みまして、まーた同じ誤りを繰り返すのかと呆れかえっております。
ビール類の酒税一本化は32年度から、5年程度3段階で 政府・与党調整 消費者やメーカーに配慮 – 産経ニュース
《引用はじめ》
《引用おわり》
ビール類としてどれだけ広く囲い込んで税金を課そうとしたところで同じこと。その境界線付近の枠外で「新ビール」が誕生したり、今よりもっとビール離れが進むだけのことですよ。これは麦芽を使わない「第3のビール」が誕生したことで経験したことのはずなのに、なぜまた繰り返すのかと呆れるばかりです。
一方で、酒税の国際比較をして日本のビールは税金が高いと文句を言うつもりはありません。
日本で水やお茶を飲むような感覚で、ワインやビールを飲む食文化の国々と税金を比較するのは誤りだと思ってますから。
必需品への課税は可能な限り低く抑えるのは当然のことであり、必需品と嗜好品のどちらの部類に各種の酒類が含まれるかは各国の文化により異なるのもまた当然と言わねばなりません。極端な話、イスラムを国教とする国の中には法律で飲酒が禁じられている国まであるわけでして、こと酒税に関しては国際比較から解を求めることは間違いですよ。
もう1つ。アルコール度数1度1リットルあたりの酒税額について、ビール類と他の酒類を比較して「ほら、ビールはこんなに高い」というのも誤りだと思います。消費者はともかく、メーカーや行政側がこれを言ってはいけません。
つまるところ「酒は酔うために飲むもの」としているからこういう比較になるのでしょうが、もっと下世話な言い方に直しますと「酒はラリるために飲むもの」と言っているも同じことで、これでは飲酒の目的が大麻や麻薬を吸うことと大差が無くなってしまい、酒類メーカーの社会的存在意義が薄れ、遠い将来には飲酒行為そのものの社会追放に発展しかねません。
や、大袈裟に聞こえる方も多いでしょうが、たかだか四半世紀前に現在のような嫌煙社会になると思ってましたか?
酔っ払いが起こす社会悪の数々を考えますと、同じことが酒類に起きないとは言い切れまいと思うのですが。
さておき、国際比較の段でも述べましたが、酒は食文化に欠かせないものです。酒は食事をより美味しく頂くためのものであったり、酒そのものの美味を愛でるものであり、酔うことを主にすればその行き先はアル中ですよ。
ビールのアルコール度数が低いのも、ウィスキーのアルコール度数が高いのも、歴史と文化が背景にあってのことですし、その用途も異なります。それを、アルコール含有量の観点で平等な課税とすることが正義か?と問われるならば、とても肯定できないのです。
では、どうすればいいのか?
簡単なことです。まずアルコールが1%でも含まれる飲料全てにガツンと高い酒税を課した上で、例えばビールならば麦芽100%のビールに限り、消費者に受け入れられやすい低い課税を適用する等の優遇措置を取ればよいのです。
麦芽100%のビールをビールとしない国はまず無いでしょうから、その枠内で競争することにより国際競争力が育まれるはずです。それでもビールもどきが誕生するのであれば、製法・色・味など税制上の優遇条件を狭めればよいのだから行政も楽でしょう。
私達消費者としても、発泡酒やら第3のビールやら、税金を逃れるために麦芽をなるべく使わずにビールテイストを創り上げるという詐術的な開発に掛けられていた研究開発費が、正統なビールに集中されることによって、より美味しくてより安く、しかもホンモノのビールを飲めるようになります。
まー、私の場合は酒税がどうなろうとも、その前に痛風をなんとかしなきゃいけないわけですが。A^^;
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