産経記事への憂慮と「幻の一本」への私見

たしかに剣道の試合審判規則は分かりにくいものがあります。
しかし、実際のところ剣道の試合審判規則はよく出来ており、問題の多くは規則を運用する側にあると私は思っております。

【スポーツ異聞】取り消された「幻の一本」 審判の権威よりも大切なもの(1/3ページ) – 産経ニュース

このニュースでは、9/21(月・祝)に開催された全日本実業団剣道大会での準々決勝、NTT vs 西日本シティ銀行福岡の試合における代表戦で起きた「疑惑の判定」が取り上げられてます。

どうもこの記事に納得できないのは、試合当日より約3週間も経過しているのに、取材による事実の上積みがほとんど無いまま、ほぼ記者の考察のみで記事が構成されていることです。審判員、選手、監督といった当事者に取材した形跡の無い記事では、ネット上の議論以上の価値を見出すことはできません。これが全国紙の記事かと思うと残念です。

そもそも『日本実業団剣道』などという大会は存在しません。『実業団日本一をかけた選手権が異様な雰囲気に包まれた』ともありますが、先にも書いたように「全日本実業団剣道大会」が正式な大会名称であり、そこには『選手権』などという文字は含まれません。このことだけでも記事の正確性が疑われてしまうでしょう。

さらには『「意味不明」「醜い」など痛烈な批判が相次いだ』という『ネット上』とは具体的にどこのことを指すのでしょうか?
私が確認できた範囲では批判よりも疑問と考察が目立ち、実に剣道らしい反応だなぁと思ったものですが。

そして『監督が試合場の審判主任に抗議したが認められず』とありますが、剣道の試合では監督に抗議権は認められておらず、監督は審判主任に「確認」をしたというのが正確な表現であるはずです。(監督からの確認要請を審判主任が門前払いしたことの問題は後述します)

極めつけは『3年後、剣道の世界選手権は日本のライバル・韓国で開かれる。男女の団体決勝で何度となく涙をのんできた韓国での初開催に、早くも「開催国有利」の判定がなされないか憂慮する声が出ている。』という部分。
世界剣道選手権大会は1988年に既に韓国で開催されており『初開催』ではありません。その1988年大会の経験から『憂慮する声』が出ているのであり、試合審判規則の問題とは別次元のことです。

もっともらしい話で記事を結んでおりますが、前述したような事実誤認と剣道に対する理解の浅薄さにまみれている上に取材不足で信用に足らない記事であると言っても過言とは思いません。
こんな記事でも、産経新聞という大看板の元で一定の影響力を持つであろうこと、深く憂慮してやみません。


さて、産経の記事は放置しておくとしまして、私も問題の判定について考察を述べてみたいと思います。

上に貼ったYouTube動画の2:25あたりから観て頂きますと、今件の打突⇒判定⇒合議⇒監督の確認が門前払い⇒試合再開、といった流れを確認できるかと思います。

まず、白の選手によるドウの打突そのものが1本に値するものであることは、3人の審判員が同時に旗を上げたことからも明らかです。

問題は、なぜ画面左の副審の先生が合議を要求し、10秒にも満たない短時間の合議で1本の取り消しとなったか?でありますが、おそらくは残心がないと判断されてのものではないかと愚考します。

残心も1本の構成要件に含まれますけれども、私の審判経験上でも打突の直後、すなわち残心を確認する前に旗を上げてます。そして旗を上げたまま残心を確認します。幸か不幸か1本を取り消すほどの(小中学生レベルでの)残心なき状況には遭遇したことがなく、今件のような判断を下したことが無いだけですね。

今件の場合、ドウの打突後に反時計回りに試合相手と対峙したならば「瞬間的に残心を取った」とすることも出来たでしょうが、今件はドウの打突後に時計回りしたことで試合相手との縁が切れてしまってますから、向き直った後に試合相手と正対して剣先を向けることで残心を示すでもしないと「残心がない」と判断される余地を残すことになります。

厳しい判定とは思いますし、その厳しさが今大会の全試合・全審判員に適用されていたかという点での疑問は残りますが、私は誤審とまでは言い切れないと考えます。

むしろ問題は、監督の確認要請を(画面には映っておりませんが)審判主任が主任席に近寄ることも許さずに門前払いしてしまっているように見えることでしょう。

監督には抗議権は与えられておりませんが、確認を求めることは認められております。
確認によって判定が覆ることは考えられませんが、審判主任が主審を呼んで合議内容を確認し、それを監督に伝えることによって、当事者の納得は得られなくとも後学の糧にはなるはずです。

少なくとも、外野があーじゃねこーじゃね言う余地は無くなり、もう少し実のあるケーススタディのネタになったのではないかと思うと、この点については残念です。

願わくば、このような難しいケースに自分が審判を務めるときに遭遇しないことを祈りつつ、もし遭遇しても対処できるように、もう一度試合審判規則と運営の手引きを読み直そうと思います。

皆様はいかがお考えになりましたか?




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Comments (2)

  1. 古渓

     動画の後の解説を拝読し、残心の無い事を理解しました。
     合議を申し入れた副審の勇気と厳正さに、厳粛な気持ちにさせられ敬服します。
     審判の在り様が、如何に試合の質を左右するか、また、選手個々人のその後の日頃の剣道への取り組み方にまで影響を与えるかが想像され、改めて審判の役割の重要さを再認識させて頂きました。
     少しでも「有効打突」の実現に近づけるように稽古に励み、それを通して、より正しい審判が出来るように、襟を正して審判の勉強をしなければと思った次第です。

    Reply
    1. 甚之介 (Post author)

      コメントありがとうございます♪
       
      > 合議を申し入れた副審の勇気と厳正さに、厳粛な気持ちにさせられ敬服します。
       
      はい、私も全くの同感で、あの場面で同じことが出来ると言えるだけの研鑽を積みたいと思ってます。

      Reply

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